路地を曲がればスタジアム

Stadiums

ペレと刺身とドイツ人

エスタディオ・ウルバノ・カウデイラ / Estádio Urbano Caldeira

Santos, Brasil 「サッカーの神様」ペレが躍動したサントスの本拠地を訪れると、思わぬ出会いが……。

サントスのペレの壁画

2013年6月、コンフェデ杯を取材に行った私は、試合の合間を縫って港町サントスへ。雨が降りしきる中、名門サントスFCのスタジアムに足を運んだ。

サントスといえば、思い浮かぶのはやはりペレ。ペレ全盛期の62、63年には世界チャンピオンに輝き、サントスの名は一躍世界中に轟いた。

サントス

1万6068人収容のため、ビッグマッチは隣町サンパウロで行なわれる。

サントス

スタジアム横には昔のチームバスが停まっていた。

サントス

スタジアム内にはミュージアムがあり、無数のトロフィが展示されている。ちょうど地元テレビ局の収録が行なわれていて、かつてのペレの同僚が取材を受けていた。左はジト、右はペペ。ともに58年スウェーデン大会と62年チリ大会と2度のワールドカップ優勝に貢献したレジェンドだ。ペペは92年、読売クラブ(現・東京ヴェルディ)の監督を務めた。

サントス

ゴール裏は昔ながらのコンクリート席。

サントス

観客席からピッチは手が届くような近さ。

サントス

スタジアム近くには練習場があるが、その外壁は必見。ペレ(写真)、ロビーニョ、ネイマール、さらにカズ(!!)といったサントスの歴代の名手がところ狭しと描かれているのだ。近々、壁画ライブラリーで紹介したい。

サントス

こちらはマッチデイの様子。サポーターたちが通りで気勢を上げる。

サントス

宿敵パルメイラスとのダービーだったため、スタジアムは満員となった。

ドイツ移民とのふれあい

さて、雨の中、ひとりでスタジアム見学をしていたら、面白い出来事があった。中年の紳士と若い女性というカップルに、「街を案内するよ」と誘われたのだ。聞けば紳士はドイツ系移民で、若い女性はドイツに暮らす彼の遠い親戚ということだった。やはりブラジルは人種のるつぼなのだ。

紳士はマイカーで巨大な集合墓地やコーヒー博物館といった名所をまわり、その後、魚市場へ向かった。そして立派なサーモンを一尾買い、「ウチでランチを食べよう」と言い出した。

地元の人に声をかけられ、気がつけば自宅でのランチに招待される。日本では考えられないような出来事が起こるのが、ブラジルの素敵なところ。こういうことがあると、多少の治安の悪さも許せるような気がしてくる。

そして紳士の家というのが、これまた素晴らしかった。風光明媚なサントス湾を望む、最上階のペントハウスだったのだ。屋上には個人所有のプールまであった。

私はドイツにいるかのような、不思議な気分になった。広いリビングには絵画や陶器などドイツ製の高価な調度品が置かれ、書斎にもドイツ語の書物が整然と並んでいたからだ。紳士と連れ合いのご婦人もドイツ語で語らっている。ふたりは幼少期、それぞれ親に連れられてブラジルに移り住み、同じコミュニティの中で知り合って結婚したという。ブラジルには、こうやって祖国の文化を守り続けている人々がたくさんいるのだ。

さて、楽しみにしていたランチは、なんと鮭の刺身であった。紳士は日本人の私を見て、自分も好きな日本食を振る舞おうと考えたらしい。ブラジル滞在も10日ほど経ち、そろそろ日本食が恋しくなっていただけに、これはほんとうに嬉しかった。しかも食後には、婦人お手製のマラクジャ(パッションフルーツ)のデザートまでご馳走になった。

雨にたたられたサントス滞在だったが、こんないい経験ができるとは思わなかった。思えばサントスに行ったのは、ペレの思い出に触れたかったからだ。このドイツ移民との素敵なふれあいは、「サッカーの神様」からのプレゼントだったのかもしれない。

サントス

改めまして、ほんとうにご馳走さまでした。

 

 

 

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