路地を曲がればスタジアム
煮えたぎる「チゲ」の如く
Daejeon, South Korea あれ? 赤じゃないんだ……。2002年、韓国がイタリアが倒した因縁の地を再訪した私は、自分が勘違いをしていたことに気づかされた。
唐辛子レッドに沈んだ地中海ブルー
表現力豊かなブラジル人はしばしば、スタジアムを太鼓やタンバリンといった楽器にたとえる。ルーツや階層の異なる人々が巨大な丸い器の中で、賑やかに音を立てているイメージだ。
では韓国は? 私には、この国のスタジアムはチゲに見える。チゲとは韓国語で鍋のことだ。冒頭の写真は、ソウル南大門市場の路地で見つけた「太刀魚チゲ」。中列右のチゲは、いまが食べごろ。唐辛子で真っ赤に染まった鍋の中で、太刀魚がボコボコと煮えたぎっている。これが韓国のスタジアムだ。
この煮えたぎるチゲに飲み込まれたのが、イタリア代表だった。2002年6月18日、日韓ワールドカップの決勝トーナメント1回戦で韓国とイタリアが激突。イタリア伝統の地中海ブルーは、韓国の唐辛子レッドの中に沈むことになった。このときの思い出を書いていきたい。
地鳴りがして次の瞬間、地響きが…
15年ぶりにスタジアムを訪れて、まず思ったのは「あれ? 赤じゃなかったの?」ということ。イタリア戦は「Be the REDS」のシャツを着た老若男女で埋め尽くされていた。そのため、赤いスタジアムだと思っていたのだ。
イタリア戦の異様な空気は、15年が経ったいまでも昨日のことのように思い出すことができる。
88分にソル・ギヒョンの同点弾、117分にアン・ジョンファンのゴールデンゴールが決まったとき、この巨大なスタジアムは地響きを立てて揺れた。嘘ではない。ほんとうに揺れたのだ。地鳴りのような轟音が聞こえてきて、ゴールネットが揺さぶられた瞬間、ガタガタガタと足下が揺れた。それは長時間、強火で茹ですぎて、チゲが揺れ出したかのようだった。
ゴールデンゴール後の光景も、よく憶えている。真っ赤に染まった観客席の中に、ぽつんと青の小島があった。双眼鏡で見ると、それは中世の騎士のコスプレをしたイタリア人と、イタリアファンの(たぶん)日本人女性たちだった。騎士と女性たちは目の前で起きた出来事が理解できないようで、呆然としていた。
ゴールデンゴールが決まるやいなや、韓国人は狂ったように叫びながら街へ向かった。私もチゲの濁流に飲み込まれ、気づけばスタジアムに近い韓国有数の温泉街「儒城(ユソン)」の歓楽街に流れ着いた。そこは飲めや歌えやの大騒ぎで、焼肉やビールをたらふくご馳走になった。大会は翌日から2日間の中休み、私は日本が負けたこともあって、やけくそになって飲みまくった。翌日、何をしていたのか、よく憶えていない。
韓国中がチゲと化した2002年6月18日、この日のことを書いていて、いまさら気づいたことがある。それは一銭も払わずに飲み食いしていたことだ。
잘 머거씀니다(チャルモゴッスムニダ)。どうもご馳走さまでした。